一人芸の日本一の「R-1グランプリ2023」優勝者である田津原理音さん。
しかし、早くもメディアに出る機会が減少しているという声があります。
今回はそんな田津原理音さんにスポットをあてて、
田津原理音はR-1グランプリ優勝者!
田津原理音は消えた?理由4つ!
歴代R-1優勝者の中で「消えた」人が多い?
以上3つのテーマについて調べてみました。
どうぞ最後までお付き合いください。
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田津原理音はR-1グランプリ優勝者!
2023年3月4日、フジテレビで行われた
一人芸の日本一を決める「R-1グランプリ2023」の決勝戦で、
田津原理音さん(29)が初優勝を果たし、
賞金の500万円を勝ち取りました。
21回目となる今年は3,537人がエントリーし、
敗者復活の1人を含む8人で優勝が争われました。
奈良県出身の田津原さんは、吉本興業所属の芸歴10年目の芸人さんです。
田津原さんにとって、R-1グランプリ2023は最後のチャンスだったと言えます。
そんな田津原さんは、特技のイラストを駆使しためくり芸が売りのピン芸人さんです。
過去にはR-1グランプリで3回準決勝に進出したものの、
決勝には一度も進めませんでした。
しかし、今年は初めて決勝へ進出し、念願の優勝を勝ち取ったのです。
決勝戦では、フリップの発展形として、
自ら制作した架空のトレーディングカードの開封を題材としたネタで笑いを獲得しました。
カードには、それぞれにユニークな名前やキャラクターが描かれていました。
例えば、
- 「怖いもの知らずの王子様」
- 「エースで4番の彼」
- 「家のお茶バリおいしい彼」
- 「生まれてこの方保護フィルムを貼ったこと
ない彼」
などです。
カードを開封するたびに興奮する様子や、
カードの特徴を紹介するコメントが観客の共感や笑いを誘いました。
優勝者インタビューでは、
「一人で作ったネタじゃない」と、
自身のネタに対してアドバイスや応援してくれた仲間や
先輩、スタッフなどに感謝の言葉を述べました。
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田津原理音は消えた?理由4つ!
「R-1グランプリ2023」の栄冠を勝ち取った田津原理音さん。
しかし田津原理音さんに対しては、
早くも「消えた」という声が上がっているようです。
そんな声の直接的な原因は、
メディアに出る機会が減少しているからのようですが、
その他にも理由として下記のようなものがあげられるようです。
田津原理音は消えた理由① 平場に弱い
田津原理音さんは、めくり芸とトレーディングカードネタで笑いを獲得しましたが、
そのネタは大舞台や賞レースに向いているものの、
平場では通用しないという指摘があります。
ライブや番組でのネタ以外の部分、企画やトークを行う場面のことを言う。
R-1で優勝したほどですからネタは面白いものの、
フリートークが苦手でバラエティ向きでないとの指摘です。
田津原理音さん自身も、「銀河一、平場が弱い」と自虐的に語ったこともあるほどです。
また、めくり芸は準備やセットアップに時間がかかり、
即興性やバラエティ性に欠けるという欠点もあります。
フリートークが出来ない芸人さんが消えていくのは、今や周知の事実ですからね!
田津原理音さんにとって、平場を克服することが今後の課題のようです。
田津原理音は消えた理由② 飽きられた
田津原理音さんはR-1グランプリで優勝したことで一躍注目を集めましたが、
その反動で飽きられてしまったという見方もあります。
また、トレーディングカードのネタは一発ネタであり、
飽きられやすいという危険性もはらんでいます。
同じようなネタを繰り返すことで新鮮味やインパクトが失われてしまったというのです。
田津原さんは自分の顔やキャラクターを描いたカードを配布したり、
SNSで公開したりすることでファンサービスを行っていますが、
それも飽和状態になってしまったという指摘もあります。
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田津原理音は消えた理由③ ヤラセ疑惑
田津原理音さんはR-1グランプリで優勝した際に、
ヤラセ疑惑に巻き込まれてしまいました。
決勝戦の1stステージで7番手で登場した田津原さんが470点を獲得する前に、
一瞬だけその点数がモニターに表示されてしまったのです。
番組側はリハーサル時に入力した仮のデータが誤表示されたと説明し、
やらせを完全否定しました。
しかし、多くの視聴者からは納得されなかったようで、
田津原さんの優勝に対しても、
不正や不自然さを感じる声が沸き起こりました。
田津原理音は消えた理由④ ウエストランドのネタ「R-1には夢がない」
ウエストランドが2022年の『M-1チャンピオン』として輝きましたが、
そのネタの中で「R-1には夢がない」と指摘されたことにより、
R-1グランプリの優勝者自体が、
社会から偏見の目を向けられている
という見方も一部で広がっています。
また田津原さんが、R-1グランプリで優勝したことで、
自分の芸風やキャラクターに固執してしまったという見方もあります。
新しい挑戦や変化をしないことで、成長や進化が止まってしまったという、
世間の厳しい評価もあるようです。
田津原さんはR-1グランプリの王者として、
今後も”一人芸”を盛り上げてほしいものです。
しかし、それには上記のような理由で消えたと言われる状況を打破する必要があります。
彼のめくり芸とトレーディングカードに新たな工夫や魅力を加えていくことが期待されます。
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歴代R-1優勝者の中で「消えた」人が多い?
お笑い界のピン芸人の頂点を決める大会として毎年注目を集める『R-1グランプリ』。
これまでの優勝者は、2002年の第1回大会の優勝者のだいたひかるさんから、
2023年の第21回大会の優勝者の田津原理音さんまで20人の優勝者を輩出しています。
※2007年・第5回と2008年・第6回はなだぎ武さんが連覇。
こちらが歴代優勝者たちです。
- 第1回:だいたひかる
- 第2回:浅越ゴエ
- 第3回:ほっしゃん。(星田英利)
- 第4回:博多華丸
- 第5回:なだぎ武
- 第6回:なだぎ武
- 第7回:中山功太
- 第8回:あべこうじ
- 第9回:佐久間一行
- 第10回:COWCOw 多田
- 第11回:三浦マイルド
- 第12回:やまもとまさみ
- 第13回:じゅんいちダビッドソン
- 第14回:ハリウッドザコシショウ
- 第15回:アキラ100%
- 第16回:濱田祐太郎
- 第17回:粗品
- 第18回:野田クリスタル
- 第19回:ゆりやんレトリィバア
- 第20回:お見送り芸人しんいち
- 第21回:田津原理音
しかし、これらの歴代の優勝者の中には、
その後あまりテレビなどで見かけない人も少なくありません。
ここでは、R-1グランプリの歴代優勝者の中で、
「消えた」と言われる人たちについて紹介していきましょう。
だいたひかる(第1回優勝者)
R-1グランプリの初代王者となったのは、
2002年に優勝した、だいたひかるさんです。
エンタの神様などテレビ出演が増えてブレイクし、
キャラクター性の強いネタで人気を博していました。
2006年に放送作家の北本かつらさんと結婚しましたが、
不倫騒動が明るみに出たことをきっかけに、北本さんとは離婚。
しかし2014年にアートディレクターの小泉貴之さんと再婚をしています。
現在のだいたひかるさんは、テレビ出演が少なくなっていますが、新たな挑戦を求めて、
2018年11月20日に文房具メーカー『ハピラ』と共同で、
夢だった文具ブランド「WATASHIDAKE?」を立ち上げています。
浅越ゴエ(第4回優勝者)
2005年に優勝した浅越ゴエさんは、
コンビ「ザ・プラン9」のメンバーとしても活動しています。
R-1グランプリでは、
「ゴエテレビ」や「ゴエマガジン」など、
自身が編集長を務める架空のメディアを題材にしたネタで笑いを取りました。
しかし、東京キー局でのテレビ出演が少なく、「消えた」と言われるようになりました。
現在は大阪を主戦場にライブや舞台で活動しており、
YouTubeやTwitterなどでも自身の作品を発表しています。
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中山功太(第7回優勝者)
中山功太さんは、父親が会社の社長で、
実家は“27LDKK”の桁外れの豪邸というお金持ちの環境で育ちました。
そのため、セレブ芸人としての活動が注目され、
『アメトーーク』や『さんま御殿』などの人気番組に出演する機会を得ました。
さらに、R-1グランプリで優勝した頃は、
大阪の帯番組のレギュラーや舞台の仕事を抱えていて、活躍の場も広がっていました。
そのため、優勝特需で東京のテレビの仕事のオファーが舞い込んだ際に断ってしまったのです。
結果として、東京進出のチャンスを逃し、ブレイクへの道も遠のいてしまいました。
その後、芸名を改名して再スタートを切りましたが、トラブルや迷走が続きます。
キャバ嬢に暴行し、220万円の損害賠償を求められるなど、波乱万丈な日々を送っています。
また、父親の経営する会社が倒産し、実家も売却されたのだとか。
そんな中山功太さんは、生活のためにホストのバイトをするなど、
厳しい現実に直面しているようです。
三浦マイルド(第7回優勝者)
三浦マイルドさんは大学生時代のアルバイトである道路交通警備員のネタで優勝しました。
その時の賞金500万円のうち、200万円を母親に贈っています。
その後、優勝による効果で、
舞台出演や地方営業のオファーが増えましたが、
大きなブレイクには繋がりませんでした。
結果的に、母親から200万円を返してもらうことにも…。
また、三浦マイルドさんは優勝から1年後に東京に進出したのも、
売れるタイミングを逃してしまった要因と言えるでしょう。
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佐久間一行(第9回優勝者)
シュールなネタが注目を浴びましたが、
芸名や容姿に特徴がないため、
テレビ出演の機会はなかなか訪れませんでした。
しかし、テレビ以外の仕事は充実しており、
芸人としては舞台に立つ機会が月の半分あり、
全国のイベントに参加したり、絵本の出版も手がけています。
そんな佐久間一行さんは、あべこうじさんとはプライベートでも仲が良いそうで、
2004年、2006年の『M-1グランプリ』には、
あべこうじさんとのコンビ「あべさく」として出場しています。
結果は、3回戦敗退でした。
やまもとまさみ(第12回優勝者)
2014年の大会で7年ぶりに決勝進出を果たし、
優勝したのはやまもとまさみさんです。
そんな彼はフリートークが大の苦手だと公言しています。
2016年には「ナカイの窓」に出演しましたが、
それはブレークできない芸人としての登用でした。
この時も、やまもとまさみさんのトークは全くウケず、
ネタすらグダグダになってしまいました。
また、彼は人のせいにする態度までとってしまい、
その様子はネットニュースで話題になりました。
以上、R-1グランプリの歴代優勝者の中で、
「消えた」と言われる人たちについて紹介しました。
彼らは一時的にブレイク?したものの、
その後はテレビ出演が減少し、目立った活動が見られなくなりました。
しかし、彼らはそれぞれ自分のスタイルを貫き、
ライブや舞台、SNSなどで精力的に活動しています。
R-1グランプリはピン芸人の登竜門として有名ですが、
優勝したからといって必ずしも成功するとは限らないことが分かります。
一方で、優勝しなくてもブレイクする芸人もいます。
お笑い界は常に変化しており、
芸人たちはその中で生き残るために努力しています。
今後も彼らの活躍に注目していきましょう。
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まとめ
今回は田津原理音さんにスポットをあてて
- 田津原理音はR-1グランプリ優勝者!
- 田津原理音は消えた?理由4つ!
- 歴代R-1優勝者の中で「消えた」人が多い?
以上3つのテーマについて調べてみました。
いかがだったでしょうか?
今後の活躍に期待ですね!
最後までお読みいただきありがとうございました。